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走れメロス

 昔々、小さい頃に初めて『走れメロス』を読んだ時。「メロスえらい!」「友達って大切」「王様、許してくれてありがとう」と幼いなりの感想を持ち、感動したことを覚えています。
 太宰治の短編小説として知られるこの作品は、処刑されることを覚悟で友達の為にメロスが懸命に走り、約束を果たしたことで、残虐な行為を繰り返していた王様の心も変わり万事うまく治まったというあらすじです(個人の見解を含みます)。「友情や約束の大切さを教える話」「残忍な王様が改心する話」など、おそらく多くの方がこれに近い感想をお持ちではないでしょうか?
 
 さて月日は流れ、学生時代。ある日教授から「この物語の本質は?」との問いが学生に出されました。「友情の尊さを教える文学作品」「約束の大切さを学べる物語」
などなど、皆、幼い頃に読んだ記憶を頼りにした答えが出されました。
 しかしもちろん、それらは教授が求めていた答えではなかったのです。教授は、「この物語の作者は誰か?」「太宰は『こんな話、実在するわけないじゃないか!』『人間なんて裏切るもの。こんな美学があってたまるか!』。そんな気持ちを吐き出した作品として見られないだろうか?」と続けます。ショッキングすぎる教授の話に、しばし言葉を失う私達。しかし、確かにこの小説の末尾には「古伝説と、シルレルの詩から」という1文があるのです。題材となった作品は古くからあり、それを太宰が分かりやすく書き上げた作品が「走れメロス」なのです。  
 「そう言われると…そんな気がする!」昔から、人の意見にすぐ左右される私。すぐにもう一度作品を読み返し、言葉と文字の裏にある作者の見えない意図に思いを馳せました。
 
 本を読むときはもちろん、何か出来事が起こった時、目に見えるものばかりを追いかけ、時にそこに感情を生み出しがちです。しかし、そのものの「本質はどこにあるのか?」を俯瞰して多角的に捉えようとすることで、全く違ったものの見方ができるのではないでしょうか?いつもと同じ日常も、昨日と見方を変えて楽しみたいものです。

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